2011年7月31日日曜日

「ダークゾーン」 (貴志祐介, 祥伝社) 読了

気がつくと, 軍艦島に似た「ダークゾーン」と呼ばれる空間にいた奨励会 3 段の塚本たちは, 異形の者となっていた. それぞれが役割を与えられていて, 自分たち = 赤軍は青軍と 7 局を戦い, 4 勝すれば勝ちとなるゲームに参加させられていた

ゲームの緻密な設定, ダークゾーンと現実を行ったり来たりする目まぐるしい舞台の変化, 多用された漢字, 映像化が困難なストーリィなど, 貴志 (棋士と同音ということに今気付いた) らしい 作品だ. ダークゾーンというありえない世界が舞台であるにもかかわらず, そこでの戦いには 大きなリアリティを感じて, ドキドキした

第七局, 青軍の歩兵が成ったとき, 塚本はペンタグラムで守っていたが, DF 1 体を実体化させて ヘキサグラムにしていたら, 可能性としてもう少し楽になったのではないか? なんて思ったりした

2011年7月2日土曜日

What happened to my avocado? / アボカドどうなった?

ここ 1 年くらいアボカドに全く触れていなかった (前回のポスト) ので近況を報告したい

  • 身長が伸びて, 1 段目の葉っぱ群の上に 2 段目の葉っぱ群も発生したのだが, 6 月の猛暑で枯れてしまった. 現在, 1 段目の葉っぱ群だけ残っている
  • 1 段目の葉っぱ群の上辺りから, 枝分かれが始まり, そこに小さな葉っぱが付き出した
  • 枝分かれが始まった頃から, 外に出して育てている. 特に栄養は与えていないが, 最近の気温上昇を受けて 少しずつ伸びつつある

伸びだすと, だんだんかわいく感じる :-) 育てる者のえこひいきというか, 自分勝手というか

2011年6月29日水曜日

見える化

職場を整理していたら, ホワイトボードが 1 つ余った. 捨ててしまうのももったいないし, 何かに活用できないか, ひとり勝手に考えている

工場とかに行くと, 今月の生産目標に対して現在の進捗がどうだとか, ラインでは今は こんな製品を生産していますとか, 掲示物を使って上手に「見える化」されていることがある. 自分の自分ひとりで抱え込むのではなく, 第 3 者にも分かるようにすれば, そこから何かの 気付きが生まれて, よりスムーズに仕事が進むことを期待して, 「見える化」が進められている. 職場で余ったホワイトボードも, そんなふうに活用できないか?

ふと, 中学生の頃に通っていた近所の英語塾のことを思い出した. そこでは, 3 か月だったか 半年かごとに 1 冊のテキストが渡される. テキストと言っても短いストーリィが英語で書かれて いるもので, 小学生用のテキストはほぼ絵本のようなものだ. そのテキストを使って, ページ毎に, 意味は分からずとも読む, 訳す, 覚えるという勉強をその期間でこなすのだが, 塾生全員の進捗が教室に張り出されていて, さぼっていると一発でばれてしまうのだが, ある意味で励ましにもなった. そんなことが, 職場で余った ホワイトボードを使って実現できないか?

私の職場の業務は非定型のものが多く, 標準化が難しい. でもそれは, そう思い込んでいるだけかも しれず, 標準化が難しいとはいっても 1 週間や 1 か月の計画は立てられるし, その計画を基準にして 進捗を評価することは可能だと思う. 途中で仕事の進め方が変わったら, そこで計画を変えれば良い. 自分の計画を監視されているようで嫌な感じを持つかもしれないが, 慣れればメリットのほうが多いような 気がする

2011年6月25日土曜日

「失敗の効用」 (外山滋比古, みすず書房) 読了

外山先生のエッセイ集で, タイトル「失敗の効用」はその 1 つ. 筆者流の ものの見方・考え方に, はっとするところもありました

私にとって耳が痛かったのは, 人に合わせて食事をするというマナーについて. 会社の食堂で同僚と食べるときは問題ない (みんな, 食べるのが速いから) のだが, それ以外の場面ではどうしても私は先に食べ尽くしてしまい, 時間が余ってしまうのだ :-p

2011年6月19日日曜日

「天と地の守り人」 (第一部, 第二部, 第三部) (上橋菜穂子, 新潮文庫) 読了

南の国, タルシュ王国が, 北の国々への侵略を開始し, 新ヨゴ皇国に兵を送る準備を進める. 新ヨゴ皇国は鎖国し, 国内の戦闘体制を整えようとするが, 戦に慣れていない新ヨゴ皇国内には 様々な歪みが生じる. 状況を打開すべく一か八かの賭けに出たチャグムは, 新ヨゴ皇国では 死んだものと思われていたが, バルサにはチャグム探索の依頼が来る

チャグムの長い旅とバルサの人生の総決算というようなストーリィ. 全てがハッピーエンド というわけにはいかないが, 収まるべきところに収まった感じだ. 個人的には, 呪術師としての タンダの活躍をもう少し見たかったが, タンダに対するバルサの想いも伝わってきたし, それは それで良かったと思う

ラスト, 帝とチャグムはもっと激しく対立するかと思ったけど, 案外と帝は大人しかった. 神の子としての自分の立場を知りつつも, 自分の力の限界を感じていたからか? 「天の神に責任を あずけ, だれもが真実を見ようとしない, 無責任な国」というチャグムの想いは, 日本の置かれた 状況を示唆しているようにも感じる

というわけで, 守り人シリーズ, 文庫本でコンプリートとなりました :-)

2011年6月5日日曜日

「理系バカと文系バカ」 (竹内薫, PHP 新書) 一応読了

とかく日本では「理系」「文系」と分類したがるが, 両者の典型的な思考・行動パターンを 指摘した上で, 要はバランスが大事だよということを説いた本. 書いてあることはいちいち もっともなのだが, 馴れ馴れしい文体は私の好みではない :-p なので筆者の竹内薫さんの 評価も私の中ではイマイチだったのだが, 日経新聞の夕刊の書評欄で科学分野を竹内薫さんが 担当されていることを最近知って, 評価が上がりつつある

本書の最後に挙げられているオススメ本の中に「エッジ」 (鈴木光司) があったことも, 私の中での評価を押し上げている

2011年5月21日土曜日

「新世界より (上・下)」 (貴志祐介, 講談社) 読了

呪力が使えるようになった人間の世界, 外周を八丁標で囲われた町で暮らす人々. 図書館では昔の図書は禁書となり, たくさんのタブーに囲まれて平和に暮らしていた. しかし タブーの綻びから世界の真実を関心を持つようになった主人公は, 大きな事件を経験する

「呪力を持つ人類」という仮定から, その歴史や社会が作り上げられているが, 物語の 「黒さ」は「悪の教典」を彷彿とさせる (両者とも「黒」すぎて, 映像にはできないだろう). 人類と対比されるバケネズミの理路整然とした行動・生活様式は, 今の日本に必要なもの かもしれない. また漢字への拘りは「ISOLA」の印象と重なった

心臓が止まるまで逆転を諦めない奇狼丸の態度が, 心に残った

2011年5月8日日曜日

「怪 vol.0032」 (カドカワムック 377) 読了

vol.0032 の特集は, 「豆腐小僧」と「女」

「女」のほうは分担執筆している人が各々の興味に基づいて書いており, 脈絡はないが 「怪」らしくてそのほうが良いのかもしれない. 有名なイタコが近いうちにいなくなるかもしれない というのは, もう仕方がないのかもしれない

「豆腐小僧」は, 江戸時代の子供の妖怪に関する話や, 豆・豆腐のもつ力みたいな 話があり, こう言っては失礼だが以外と興味深い話だった

それ以外だと, 四天王に踏まれている鬼, はなかっぱ, 昆虫食あたりが Good. 京極の話は 読まなかった :-p

最近, 「怪」のスタイルが徐々に決まってきた感がある. それを壊していくような 筆者の登場を楽しみにしています

「〈アイデア〉の教科書」 (山田壮夫, 朝日新聞出版) 読了

電通で働く著者が, ロジカル・シンキングなどでは解決できないような課題に 対する <アイデア> を考えるための「ぐるぐる思考」を紹介した本. それとは 気付かないうちに, これに似たような発想法をしている場合もあるかもしれないが, 発想のプロセスを意識することで, よりよい <アイデア> にたどり着けるように なると思った

なるほどなぁと思ったのは, 本筋の「ぐるぐる思考」に関することはもちろんだが, それ以外に「イノベーションの 3 要素」にも興味を持った. 本書ではイノベーションの 3 要素として, 起業家精神, アイデア, 技術が挙げられている. 良いアイデアがあり, それを実行するための技術があったとしても, 起業家精神, 私の解釈ではその取り組みを 継続していくための仕組みやリソースにまで気が回らないとダメということだろう. 一時的な取り組みでは, その時は良いとしても, 結局は続かなくて元に戻ってしまう のだ

本書で触れられていた, 野中郁次郎さんの本も読んでおきたい

2011年5月5日木曜日

「パウル・クレー展」 @ 京都国立近代美術館

平安神宮に近い 京都国立近代美術館 で開催された 「パウル・クレー展」に行ってきた. クレーの創作の過程を 見せるような展示になっており, 単なる絵画ではない不思議さを感じた

クレーの作品で変わっているところとして, 例えば 1 度描いた絵画を切り離して複数の別の作品に 仕上げたり, 切り離したものを貼り直して 1 つの作品に再構成したりする点がある. 抽象的な絵画を 切った貼ったして完成に仕上げていく過程は, なんでそんなことをするのだろう? という思いを 抱かせる

また, ある作品の裏面に別の作品が描かれていたり, 黒の油絵の具で作ったカーボン紙で デッサンを転写して作品を作るなど, 制作過程にこだわり (?) を感じる作品も多く, 今回の クレー展ではそのような制作過程を意識した展示になっていた. 「なぜそういうふうに描くのか?」と 考えても分からないのだが, いつもと違う切り口で絵画を見るのは新鮮だった